犬の幸せをめぐる葛藤
Thu.05.29.2008 Posted in コロラド犬生活
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昨日は、人間の「幸せ」なるものについて
ああだこうだと駄文を連ねていましたが
最近の私は、「犬の幸せ」について考えることも多いのです。
それというのも、

決して希望を失ったわけではないのですが





解決すべくがんばり続けることより
問題を個性として受け入れるときがきたように
思い始めてきたからです。

そして思う、
個性としてうけとめて対応していくということは
行動にそれなりの制限をつけなければならないということで
はたしてそれは犬の幸せなのだろうか。

不良娘

私達は今まで、しっぽーを家族の一員とみてがんばってきました。
家族の一員だからこそ、問題には無視せず投げ出さす
いつも解決を目指してがんばってきた。

迎えたからには最後まで面倒をみる、
それは私達人間の犬猫に対する誓いだったし、
今でもそれがいつも頭にあります。

一方で。

デイナとは、彼女が2才のときに、
グレートデーンのレスキュー団体をとおして出会いました。

今や我が家に欠かせない家族のひとり、
かけがえのない存在となったデイナとの出会いは
前オーナーさんが手放さなかったらありえなかった縁。
デイナの過去がどのようなものであっても
前オーナーさんの決断がなければ出会えなかった存在なのです。

そう考えると
しっぽーを手放せないと私達が「頑固」になっているのは
私達のわがままのように思えてきてしまう。

もし、私達がデイナの問題を受け入れられたように
しっぽーの問題を受け入れて別の犬生を作ってくれる人が
広い世界のどこかで、いや世界ではいらっしゃったから
(その節のお気遣いは今でも感謝しています)
地元にせばめてコロラド内としたとしても
そんな方がいらっしゃるとするならば・・・ ・・・



たぶん、しっぽーは1匹だったら
とても幸せに生きられる。

カーマとの仲が険悪にならないのは、カーマがしっぽーをうまくかわす
こつを知っているだけ。

深刻なのは、売られたケンカは買わずにはいられないデイナとの仲。
それでも、デイナとしっぽーを一緒にデイケアに預けたときは
全くケンカをしなかったというのだから

やはり私達にあるのだろう、問題は。

これ以上、何をしたらいいのかわからない。

今までクラスも通ったし
行動専門家のところでのリハビリだってしてきた。
犬の抗うつ剤をのむようになってから
私達の制止が頭まで届くようにはなってきたようだけれど
予告なく攻撃をしかけることは止まらない。

それでも頻度は減ってきたけれど

攻撃は止まらない。

これ以上、私達に何をせいというのだ・・・

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